2009年8月17日月曜日

広報?>’つながりのお茶’テレビに放映されました

放送日:2009/07/23 23:20ぐらいから30分
放送局:NHK教育テレビ
番組名:あなたが主役 50ボイス(主役の割には…)
テーマ:SLとボクシング 
番組構成:2部構成で各テーマについてインタビューと
小池栄子さん春風亭昇太さんがコメントを入れる

-取材された日の流れ:朝日園の見学
6月29日に川根を離れる日、製茶加工を見せてもらうために、
朝日園に行きました。そのまえに、
チャーミースタッフ同級生のYちゃんとお別れ前に会いました。
Yちゃんが製茶するところを見たことがなかったので、
朝比奈社長の取りはからいで、二人で加工場を
見せてもらうことになりました。(カメラを買い忘れた私に、
社長はわざわざ本店から使いきりカメラを持ってきてもらって、
そっけなく渡してくれました。その仕事の速さに感嘆し、
またこんな私を雇ってくれたことを感謝し、
そのはからいになんかこう 進んで仕えたくなるのです。

(中略)

-SLと見送ってくれた人たち
念願のSLの発車時間にぎりぎり間に合いそうだったので、
Yちゃんが荷物を持っていっしょに走ってくれました。
SLの硬券切符達を手に、Yちゃんへ短くあいさつしホームへ。
ホームがざわめきSLがやってきました。
銀河鉄道の夜はこんな感じなのかな。
すこし肺に残るけど、なぜか嫌じゃない黒煙の香り。
なつかしい気がするのはなぜなんだろう。SLは厚い気がする。
存在感という感じかな。 列車に乗ると室内は、
すすが風の流れるほうに付着し、その陰影を更にはっきりさせて
よりドラマチックに見せている。明治時代みたいな感じ。
すこし座席がざらついてるような気がするけれども、
それよりも戦前の人と同じ体験をしている気がして、
そのほうが嬉しかった。 外を見ると、YちゃんとYちゃんの
’川根の(心の)お父さん’(その日初めて急にお邪魔して、
川柳園の混ぜ飯をご馳走になった)と
その娘さん(ちょうど仕事帰りだった)まで来てくれて、
賑やかな見送りをしてくれた。初めて会った人なのに、
「また泊まりにに来な」って声かけてくれて、
泣きそうにうれしかった

列車がゆっくり走り出して、ホームのみんなに別れを告げた。
すこし張りつめた息をついた、そのときだった。
流れる家並みの中に、懐かしい顔が、体いっぱい使って
わたしに手を振ってくれていた。
朝日園でお世話になった川根のママさんたち!
みんな、私が今日帰るのを知っていたから、
電車の通る時間を気にかけてくれていたのだ。
会社の線路側の窓から、またねの合図を送ってくれた。Oさん
「窓からお見送りするからね」って言っていたけど、どの電車
分からないのに、仕事をしながら気にかけていてくれた
その気持ちが なによりうれしかった。涙が出た。
(人が死んだらお葬式をする。
以前は死んでから見送ってどうなる って思ってたけど、
見送りがこんなすてきなものだとは知らなかった。)

朝日園のみんなの思い出-
みなさんには、去年朝日園にいた時に、かわいがってもらった。
Nさんからはお父さんの作ったお米、ひょいと道端であった時
は、 朝ごはんやおやつの分を持っていってって。
Kちゃんと話したのも楽しかった。高校卒業に向けて勉強して
というのは、トコロテン式に学校を出たものとしては、
その真摯な姿に自分の向学心のなさを省みる。
さんからはみずみずしい大根、
その職人級の仕事の手際のよさは、
見ていて惚れ惚れするものだった、一番初めに出勤していて、
大雨だった朝、「社長が迎えにいって来い」っていってたからと、
家まで迎えに来てくれた、
Oさんからは息子さんのはにかんだ笑顔と
発熱時のスポーツドリンクボトルと水菓子、
Kさんの三浦屋お茶ロール(外側のケーキ地の川根茶が
とてもいい色で、クリームの小豆もおいしいケーキ。
地元の特産物を使ったおみやげにおすすめの一品。
チョコロールもおいしかった。ちょっと脱線)、
Mさんの鮎の甘露煮(やわらかくなるまで長時間煮てあって、
脂がのっててとてもおいしかった。本当のてづくりのおいしさ。
形もとてもきれいでていねいにお魚を煮たんだと思った。
大井川沿いに住み込んで、川の恵みを頂くって本当に幸せだ。
川根で食べるからおいしいんであって、東京でたべても
ここまでおいしくないと思う。
そして鮎の上に南天のような形のよい枝が 置かれていて、
それがまた鮎を、Mさんの思いを引き立たせていた。
後で、亡くなっただんなさんの釣られた鮎だと知った。
私も父をなくしたから、
その鮎たちにわたしのなんともいえない想いを 重ねていた)、
Mさんからは寝ないでも遊び、ちゃんと仕事する私にはない
若さのエネルギー(眠いとボーっとしてしまう私から見たら、
これは特技だとも思う)、
Tさんからは歳の近さから、いっしょにいて気を使わない
居心地のよさと、小さい子供を気にかける
若いけどお母さんなんだな っていう一面、
Wさんからは、発熱時フルコースを持ってきてもらった。
パスタとサラダと、あとおかず(38℃級の熱が続いていたので、
あまり覚えていないのが残念だけど、テーブルに並べて、
見た目があざやかでコースのようだったのは残像現象にある)
食欲はなかったんだけど、フルーツトマトのおいしそうな赤と、
パスタのスパイスがにつられて、完食していた。思い返すと、
一人だと食材が使い切れないから食材が固定していて、
久しぶりに食べた主食、菜食、一日30品目だった。
あとで栄養士さんと聞いて、なるほどと思ったけれど、
でも実際作ってタッパーにきれいに詰めるのは、
身に付いた普段からの食生活と
センスの良さがないと出来ないと思う-

みんな良くしてくれてありがとう。
ひと月ばかりしかいなかったのに、
自分の育ったところにいるよりもずっと,濃い時間だった。

-インタビューを受ける
車窓には茶畑が流れる。
静香茶農協のみんなが、…みんなに会いたい。
別れたばかりだけど、かえりたい。そんな想いを景色に流して、
ただただ外を見ていた。一般客用車両で他に後ろのほうに
一人しか乗客がいないのがありがたかった。
重そうな扉が開き見るからに撮影する人たちが入ってきた。
30代ぐらいの若い男性二人だった。ちらと私を見て通り過ぎ、
少しして戻ってきた。インタビューしていいか?とのことだった。
「いまNHKのカメラマンがインタビューしてまわっているので、
協力できるお客様はお願いします」と、車内放送があった時に、
自分はインタビューの対象としては変り種だろうと思った。
インタビューされるだろうと思った。とはいえ、
思い出に浸っていたし、 訊かれる内容もわからなかったから、
シュミレーションなしのぶっつけ本番だ。

-番組の感想
しかもたちが悪いのは、たくさんの人にインタビューしているから
私の分が放映されるかどうか分からないということだった。
編集をした後に、私がでるかどうかも、教えてもらえない。
もちろん、編集の仕方に私はチェックを入れられない。
一方的な番組構成だ。深夜の放送なので、
でるかでないか分からない TV放送を、早寝早起きの
川根のみんなにおしえるのも気が引けて、 やめてしまった。

-視聴者/(ぶんの)友達
それでも、全国で3人の私の友達が番組を見ていたのは、
NHK教育番組の視聴率の高さだと思う。
・奈良に帰っていたMちゃん、
・美容師をしている同級生の同じくお母さん、
・そしてお遍路さんを歳の数だけ打ったとき、
「疲れた感じの」わたしに声をかけてくれた公文さんは、
番組終了後、 家の電話かけて「いまテレビで見たから」
と電話をくれた。 出るかでないか分からないのに
番組を見る不安さに耐えられず、
友達の家におしかけて番組を見ていてた私は、
その電話に出ることが出来ず残念だったなあと思う。

-自分のインタビューを見ての感想
やはり、私のインタビューは10分以上が1分弱になりながらも、
放映された。
(話の順番がひっくり返されていることは、不本意だ)と
すこし憤るが、とにかく見ないと。
やった。お茶が出た!。
そう、これがみんなの作ったお茶。’つながりのお茶’。
私の手のひらにきれいな緑の茶葉たちが
すこし上品に映っている。
カメラさんグットジョブ!インタビューする人には、
(言葉だけでしゃべってんじゃないかな。それともそれは技術で、
たくさんの人から話を聞くには、
話に入り込まなう方がいいのかなあ) と思った時があったけど、
カメラさんはなんかいい感じを受けてたんだよね。
50人のインタビューを30分番組にしてある中で、
私のに配分された時間は、多かった。インタビューのはじめに
「質問の内容は無く、今の人が何を思っているかの番組です。」
と言っていたから、それならと聞かれるまま答えていた。
が、
放映された時はお題が付いていて、[大切にしているもの]。
なんか言ってたことが違うから、すこしだまされたように感じた。
’顔と音声しか出ないから、その人の言った事は、
ひっくり返して編集しようが自由。
なのに全国放送が許される’って …一方的な暴力…
という感じがする。それだったら、インタビューの最後に、
「本当の声がききたくて、最初には言えませんでしたが、
放送されるときには、○○という題がつきます。いいでしょうか」
って説明して、私の許可とってくれたら、
そんなこと無かったのにな。
マスコミってなんか事件起きると、”人権”というけど、
当のマスコミ側の人が仕事の上で出来てないから、
ちゃんちゃらおかしい。
取材してる人に、誠意が感じられないと思う。
(放送したものは戻ってこないから、これからの人のこと考えて、
このことをNHKに意見してもいいな、と今思った。)

ま、編集の恐ろしさが見に沁みたし、Y150の茶堂で頒布する時
「このお茶はテレビに出たんですよ。」って
話の種ができたから、流そう。

帰りJR「島田」駅の売店で買った
’びっくりどらやき’180円なのに大きくておいしかった。
ご近所のYちゃんいわく、たどんが皮にはさまれてる様にみえる。

大鉄(だいてつ:大井川鉄道の略。ダイテツスーパー、大鉄食品
などがあるが鉄道と関係あるかないのか)は駅員さんの対応が
とても丁寧で、仕事でやっているというより、
そこにいる感じがする。
道端で手を振るこどもに、運転手さんが手を振って合図したり、
単線の区間の入れ違いのために上りと下りの電車で
鍵みたいなものを交換したりする姿が、
とてもほほえましく感じる。 私には、乗っててほっとする電車だ
***

2009年8月16日日曜日

01’つながりのお茶’事業の収益金はどうして茶堂プロジェクトへなの?

収益金は、
経費(製茶費用、運送費、ラベル用材料費)をさしひいて
(100g800円で250円の寄付)
すべて茶堂プロジェクトへ 寄付いたします。

それは ’茶堂を残したい’
というたった一言からはじまり、

たくさんと時間・労力・お金をいとわず
長瀬さんが各地へ足を運び
茶堂を残さなければいけない’
という思いに吸いよせられるように
役割りにぴったりの 一人ひとりが
まるで 組み木パズルのように集まって
ここにかたちになったことへの 私の敬意です

思いをこれだけの形にした
茶堂プロジェクト長瀬さんへの
ひとりの人間としての尊敬であり
思いを形にするというプロセスの良い型を見せていただいた
お礼でもあります

ゆみ ありがとう
そして このお金の流れが
本当にいい物を残そうと 粉骨砕身している人に回り
本物が身の回りにどんどん増えたら
なんて素敵な空間になるだろう
なんて素敵な社会になるんだろうと思います

ご協力いただいた皆さま ありがとうございます
その体からでてくる公共心に 感謝いたします

そして興味を持って聞いてくださった皆さま
お時間を共有してもらい 何よりもうれしいです
情報を伝えていって頂けることが
このお茶が存在したこと だと思います
そうなると 私たちが
茶堂でお会いできたことも 必然ですね***

00住所変更&ポリシー>ブログの住所を変えました

00住所変更>ブログ
こちらのブログにたどり着いてくださり 嬉しいです

お手数おかけいたしました。
’つながりのお茶’の生い立ちが思ったより
沢山になりそうなので、分かりやすくするため
こちらに独自のブログを開設しました。

すこしでも多く みなさまに川根町の素敵な時間を
伝えることが出来るといいと思います。

00ポリシー>位置づけ、リンク/転記の可能の対象
要はこのブログのありかたです
(位置づけ、著作権?について)

たくさんの方と情報共有するために
このブログを作っているので、
以下の通りとします。

位置づけ(公式度):
茶堂プロジェクトの公式ブログではありませんで
情報伝達の利便性を優先して製作し、
また あくまでもアリブの見方で書いたブログです。
プロジェクト自体と軸がぶれることは
まずないと思いますが、あれっと思われたときは
茶堂プロジェクト公式HPが本流です。

著作権?について:
01.文章は原則 商用、宗教、政治でない限り
リンク/転記を自由。


02.写真は個人が写っていますので、部分可能。
承認許可のむねのご連絡を頂き、
こちらで許可できる場合のみ、可能。

リンク/転記いただける場合は
こちらのほうとして把握できると、助かりますし
励みになりますので、その場合はご一報いただけると
うれしいです。
***(文章の終わりのサインです)

01’つながりのお茶’事業の(イベント)案内

イベント>’つながりのお茶’(Y150茶堂にて頒布中)

販売期間:09/27(日)2009まで (在庫終了次第 終了)
販売場所:横浜開港150年博 ヒルサイド会場
       (横浜ズーラシア近接)       
        つながりの森 茶堂にて       
       (丘の上の檜柱の建物なので 分かりやすいです)
販売個数:50袋 +10袋
収益金について:茶堂プロジェクトへ寄付します
(後日寄付金の集計をこのブログへご報告予定)

このたび、つながりと流れで
静岡県 川根町産100% 国産のお茶を作りました

買って得して、作った人も得して、
社会もよくなっていくお金の流れになっています

実際自分でお茶を発注してみて、
大量生産商品がいったいどんなものか
気づかされとっても勉強になりました***